ながらスマホをやめてみる。一つのことに集中する時間の価値。
現代社会において、スマートフォンをはじめとするデジタルデバイスは生活の一部となり、私たちの行動様式にも大きな変化をもたらしました。その一つに、「ながらスマホ」と呼ばれる、何かをしながら同時にデバイスを操作したり、情報を得たりする習慣が挙げられます。食事をしながらニュースを見る、会話中に通知をチェックする、歩きながらSNSをスクロールするなど、私たちの日常には「ながらスマホ」が溢れています。
この習慣は一見、時間を有効に使っているように感じられるかもしれません。しかし、常に複数のことに注意を向ける状態は、私たちの心身に静かに、しかし確実に影響を与えている可能性があります。本記事では、「ながらスマホ」がもたらす影響を考え、意図的に一つのことに集中する時間を持つことの価値について探求します。
「ながらスマホ」が心身に与える影響
私たちは同時に複数のタスクをこなすことに長けていると思いがちですが、脳の構造上、完全に同時に複数の高度な認知タスクを処理することは難しいとされています。いわゆる「マルチタスク」は、実際にはタスク間を高速で切り替えている状態(タスクスイッチング)であることが多いのです。
デジタルデバイスを見ながら他のことを行う「ながらスマホ」は、このタスクスイッチングを頻繁に引き起こします。これにより、以下のような影響が考えられます。
- 集中力の分散と低下: 一つのタスクに深く集中することが難しくなり、表面的な理解にとどまりやすくなります。目の前の作業や出来事への没頭感が薄れます。
- 脳の疲労: 頻繁なタスクスイッチングは脳に大きな負荷をかけます。これは、意識的な集中力だけでなく、無意識下の注意資源も消耗するため、気づかないうちに脳が疲弊している可能性があります。
- 記憶力や学習効率の低下: 集中が分散している状態では、情報の定着が難しくなります。新しいことを学んだり、複雑な問題を解決したりする能力に影響が出ることがあります。
- 目の前の体験の質の低下: 食事の味や香り、目の前の景色、相手の表情や声のトーンなど、リアルな世界の詳細を十分に感じ取ることが難しくなります。体験が浅く、印象に残りにくくなります。
- ストレスや焦燥感の増加: 常に複数の情報に触れている状態は、脳を休息させにくくします。「すべてを把握していないといけない」という無意識のプレッシャーから、精神的な負担が増すことがあります。
このように、「ながらスマホ」は、私たちの生産性や幸福感、さらには心身の健康にも少なからず影響を及ぼしている可能性が指摘されています。
一つのことに集中する時間の価値
一方で、意図的に「一つのことに集中する時間」を設けることは、多くの肯定的な効果をもたらします。
- 深い理解と質の向上: 一つのタスクに意識を集中させることで、情報の深掘りや質の高い思考が可能になります。仕事や学習におけるパフォーマンス向上につながります。
- 集中力の回復と強化: 意識的に「シングルタスク」に取り組むことで、散漫になりがちな注意力を鍛え直し、集中力を回復・強化する効果が期待できます。
- リアルな体験の充実: 目の前の活動に完全に意識を向けることで、五感を通して豊かな体験を得られます。食事の美味しさを心から味わう、音楽をじっくり聴く、自然の音や香りに気づくなど、日々のささやかな瞬間がより鮮やかになります。
- 心の平穏とリフレッシュ: 一つのことに没頭する時間は、デジタルノイズから離れ、心を落ち着かせる効果があります。目の前の活動に集中することは、ある種の瞑想(マインドフルネス)状態にも近く、心の雑念を減らし、リフレッシュに繋がります。
- 創造性の向上: 外部からの絶え間ない情報入力やタスクスイッチングから解放されることで、脳に余白が生まれ、新しいアイデアが生まれやすくなります。
一つのことに集中する時間を持つための実践
「ながらスマホ」の習慣から抜け出し、一つのことに集中する時間を持つためには、意識的な工夫が必要です。
- 「ながらスマホ」を認識する: まずは、自分がどのような状況で「ながらスマホ」をしているかを観察し、認識することから始めます。食事中、休憩時間、移動中など、具体的な場面を把握します。
- 「スマホを置く時間・場所」を決める: 意識的にデバイスから離れる時間や場所を設定します。「食事中はテーブルにスマホを持ち込まない」「入浴中は脱衣所に置く」「寝室には持ち込まない」「散歩中はポケットに入れたままに、原則見ない」など、具体的なルールを設けると実践しやすくなります。
- 一つのタスクに集中するための環境作り: 作業や活動に集中したい時間は、スマートフォンの通知をオフにする、サイレントモードにする、視界に入らない場所に置くなど、物理的にデジタルデバイスを遠ざける工夫をします。
- リアルな活動に没頭する: 料理、読書、ガーデニング、手芸、運動、楽器演奏など、デジタルデバイスを使わずに没頭できる活動の時間を意識的に作ります。これらの活動は、一つのことに集中する感覚を取り戻すのに役立ちます。
- 休憩と集中のメリハリをつける: デジタル利用の時間を区切り、集中する時間と休憩する時間を明確に分けます。休憩時間はデバイスを見るのではなく、ストレッチをする、外の空気を吸うなど、心身をリフレッシュさせる活動を取り入れることも有効です。
体験を通じて見えた変化
私自身も以前は、常に何かをしながらスマホを見ていないと落ち着かない状態でした。例えば、食事中にスマホでニュースをチェックしたり、テレビを見ながらSNSを眺めたりすることが常でした。しかし、意識的に「食事中はスマホをテーブルに置かない」というルールを設け、実践するようになりました。
最初のうちは、手持ち無沙汰に感じたり、何か重要な情報を見落としているのではないかという不安を感じたりもしました。しかし、続けていくうちに、目の前の食事の味や香りに意識を向けられるようになり、以前よりずっと食事の時間が豊かに感じられるようになりました。また、会話中に通知に気を取られることがなくなり、相手との対話に集中できるようになりました。
さらに、家事や軽い運動中にもスマホを見ないようにしたところ、作業効率が向上したり、体の動きや呼吸に意識を向けられるようになったりと、心身の変化を感じました。以前は常に情報に追われているような感覚がありましたが、意図的に一つのことに集中する時間を持つことで、心に静けさやゆとりが生まれるのを実感しています。完全に「ながらスマホ」をやめることは難しくても、意識的に「集中する時間」を増やすことの価値を、自身の体験を通して強く感じています。
終わりに
「ながらスマホ」は現代の便利な習慣であると同時に、私たちの集中力やリアルな体験の質を損なう可能性を秘めています。完全にデジタルデバイスを使わない生活を送ることは現実的ではないかもしれませんが、意識的に「一つのことに集中する時間」を生活に取り入れることは可能です。
それは、デジタルから完全に隔絶することだけを意味するのではなく、目の前のこと、今この瞬間に意識を向けることでもあります。小さな一歩からでも構いません。今日の食事の時間、通勤・通学の移動時間、休憩時間など、ほんの数分でも意識的に「ながらスマホ」をやめ、一つのことに集中してみる。その積み重ねが、心身の健康を取り戻し、日々の充実感を高めることに繋がるでしょう。
この機会に、ご自身のデジタル利用の習慣を振り返り、「一つのことに集中する時間」をどのように作れるか考えてみてはいかがでしょうか。