デジタルから離れて没頭する時間。心満たす手作業の価値
デジタルに囲まれた日常と失われがちなもの
私たちの日常生活は、スマートフォンやパソコンといったデジタルデバイスなしには成り立たなくなっています。仕事での利用はもちろんのこと、プライベートにおいても情報収集、コミュニケーション、エンターテイメントなど、その利用時間は増える一方です。デジタルは多くの利便性をもたらしてくれましたが、同時に、常に新しい情報にさらされることによる疲労、画面を見続けることによる目の疲れや肩こり、そして何よりも、一つのことにじっくりと集中する時間が失われがちになっているという側面もあります。
通知に気を取られたり、次々と流れてくるコンテンツを追ったりする中で、私たちは知らず知らずのうちにマルチタスク状態になり、思考が断片的になってしまうことも少なくありません。このような状況は、心身の疲弊や集中力の低下、そして「何かを成し遂げた」という具体的な達成感の希薄さにつながる可能性があります。
手作業が心身にもたらす豊かな価値
こうしたデジタル中心の日常から意図的に離れ、「手作業」に時間を費やすことが、心身に良い影響をもたらすことが知られています。ここで言う手作業とは、特別な技能を要するものではなく、裁縫、編み物、木工、陶芸、料理、ガーデニング、絵を描くことなど、自分の手を動かして何かを作り出したり、育てたりする活動全般を指します。
なぜ手作業が有効なのでしょうか。いくつかの点が挙げられます。
集中力の回復とマインドフルネス効果
手作業に没頭する時間は、デジタルデバイスからの通知や情報流入から完全に遮断される時間となり得ます。目の前の素材の感触、作業の音、道具の使い方など、五感を使いながら一つの作業に集中することで、普段デジタルによって散漫になりがちな意識を一点に集めることができます。これは、一種のマインドフルネス状態であり、心のざわつきを落ち着かせ、思考をクリアにする効果が期待できます。
具体的な達成感
デジタルでの活動は、成果がデータや画面上の表示として現れることが多い一方、手作業では、一つの作品が完成したり、植物が育ったり、料理が出来上がったりと、目に見える、手に触れることができる具体的な成果が得られます。この「作り上げた」という経験は、大きな達成感と自己肯定感につながります。小さなものでも、自分の手で形にしたものは、デジタルでは得られない種類の喜びをもたらしてくれます。
五感の活性化
素材の質感、道具の重み、作業中に発生する様々な音、完成した作品の香りや手触りなど、手作業は五感をフルに使います。デジタルデバイスを通した情報はどうしても視覚と聴覚に偏りがちですが、手作業は触覚、嗅覚、場合によっては味覚も刺激し、普段あまり使わない感覚が呼び覚まされます。これにより、感覚が研ぎ澄まされ、世界の解像度が高まるような感覚を得られることもあります。
私(または誰か)の手作業体験談
私自身、以前は仕事柄長時間パソコンに向き合い、プライベートでもスマートフォンを手放せない日々を過ごしていました。常に情報にアクセスできる便利さの裏で、どうも心が落ち着かない、集中力が続かないという感覚がありました。
ある時、ふと立ち寄った雑貨店で手作りの木のスプーンを見かけ、自分でも作ってみたいと思ったのがきっかけで、簡単な木工キットを購入しました。小刀や彫刻刀を使って木を削り出す作業は、最初はぎこちなかったものの、木片の硬さや削れる音、次第に形になっていく様子に、驚くほど没頭しました。
デジタルデバイスは作業中は一切見ませんでした。ただひたすらに、目の前の木と自分の手に集中しました。数時間後、いびつながらも世界に一つだけのスプーンが完成した時の喜びは、普段味わうことのない、内側から湧き上がるような感覚でした。完成したスプーンでコーヒーを混ぜるたび、あの集中した時間と達成感を思い出し、心が満たされるのを感じます。
この経験から、私は休日に数時間でも手作業の時間を持つようになりました。それは大がかりなものではなく、部屋の片付けや簡単な修理、時にはレシピを見ずに冷蔵庫にあるもので即興的に料理をするようなことでも、自分の手を動かすこと自体に価値があると感じています。画面から離れて、現実世界に働きかける時間が、心のリフレッシュにつながることを実感しています。
デジタルとのバランスを意識する
仕事でデジタルが必須である方にとって、「デジタルを全く使わない」というのは現実的ではありません。重要なのは、デジタルに支配されるのではなく、意識的にデジタルから離れる時間を作り、バランスを取ることです。手作業は、そのための有効な手段の一つとなります。
もし手作業を始めるのであれば、初めから完璧を目指す必要はありません。簡単なもの、身近なものから試してみてください。100円ショップで手芸用品を買ってみる、簡単な家庭菜園に挑戦してみる、使わなくなったものをリメイクしてみるなど、ハードルを低く設定することが継続の鍵です。
作業中はスマートフォンの通知をオフにする、手の届かない場所に置くなど、デジタルから意識的に距離を置く工夫をしてみてください。短い時間でも、集中して手を動かすことで得られる効果は大きいものです。
まとめ
デジタルデバイスは私たちの生活を豊かにしてくれましたが、その利用が過剰になると、心身のバランスを崩す原因にもなり得ます。意識的にデジタルから離れ、自分の手を動かして何かを作り出す時間は、失われがちな集中力や達成感、五感の喜びを取り戻し、心を満たす豊かな時間となります。
完璧を目指さず、まずは身近な手作業から、デジタルから離れて没頭する時間を作ってみてはいかがでしょうか。自分の手で何かを生み出す経験は、きっと「リアルな日々」をより豊かにしてくれるはずです。